はい、じゃあですね。
本題の脳腫瘍の話に入っていきましょう。
と、細野医師がこちらに身体を向けて、真剣な顔つきで話し始めた。
三谷先生との話にもあったと思いますが、今回、腫瘍が右手右足とか右の顔もそうなんですけど、脳の中でも言葉を喋るという大事な場所にあります。
なので、単純に病気の部分を取ってしまうと、言葉がもっと喋れなくなってしまいます。
はい。
さらに、右手右足の動きがもっと悪くなる可能性も高いです。
でも、一番影響を受けるのは、やっぱり言葉でしょうね。
手術をする上でそういったリスクをゼロにすることはできませんが、リスクを最小限にしつつ、最大限病気を取るという、ある意味矛盾したことをやる手法が、最近……最近って言ってもここ10年くらいですかね、覚醒下手術というのがあります。
手術法としては割と新しいんですね。
ええ、そうですね。
手法の内容としては、手術中に一度麻酔を切ると20~30分くらいかな? 経つと、患者さんは目を覚まします。そうすると会話が出来る状態になります。
んー……イメージとしては、歯医者さんかな?
歯医者さんでは治療されてるところは自分では見えないけど、歯を削られたり注射されたりしてますよね? あんな感じです。あれを頭でやられている感じです。
って言ってもあんまりイメージわかないと思うので、ここにビデオがあるのでちょっと皆さんに観て貰いたいと思います。
と言って、PCをカチカチ操作する細野医師。
ビデオの前に、手術のイメージ図のスケッチを見せてくれた。
↑記憶を頼りに私(圭)がスケッチを再現w
先にこのスケッチを見て欲しいんですけど、スケッチのここに患者さんが横向きに手術台の上に横たわっていますね、眼鏡掛けて。
これが鹿角さんになります。
で、この時もうすでに患者さんは脳ミソが露出した状態で、こっちに我々がいます。
脳ミソ露出、って中々にインパクトでけぇな、と思った(^^;
日常生活において、本当にそのまんまの意味で「脳ミソ露出」って使う確率、めっちゃ低くない???
で、このAさんというのがこの手術で一番大事な役割の1人なんですけど、鹿角さんが手術前と同じレベルで言葉を喋れているかチェックするための、言葉のリハビリの先生です。
ここにモニターがあって、ここに色々な指示が表示されるのでその通りにしてもらったり、物が映されるのでそれが何かを答えたりしてもらって、検査をします。
ちらりとアラヤちゃんを見ると、物凄く真剣に食い入るようにスケッチを見ていた。
その検査をして貰いながら、私たちはここの脳は摘出していいのかな、こっちの脳は摘出しちゃだめなのかなというのを判断しながら、大丈夫そうだったら摘出していきます。さらに大丈夫だったら、もっともっと取っていく、というように進めていきます。
逆に、ここに病気があるっていうのが分っていても、そこを取っちゃうと言葉が喋れなくなるというのであれば、病気があるって分かっててもそれ以上手を出さない、というかそれ以上取らないということになります。
その時、アラ母の表情が曇った。
「手術するならちゃんと腫瘍を取らないとダメじゃないの? ちょっとくらい喋れなくなっても、取ってしまった方がいいんじゃないの?」と言いたそうだった。
で、患者さんからよく聞かれる質問として、「先生、今回の手術で腫瘍はどれくらい取れますか? 全部取れますか? 半分くらい取れますか? それとも80%くらいですか?」と聞かれるんですけど……
やってみないと分からない、ってことですね。
そうです。
手術中、これ以上腫瘍が取れないな、って判断されたら手術はそこで終了になるので、極端な話、10%とか20%くらいしか取れなくても、それ以上摘出してしまったら言葉が喋れなくなるなら、そこで終了します。
でも残したら、また再発っていうのはあるんですか?
あります。
だから手術後には抗がん剤とか色んな治療があるんですけど、それをやっていくことになります。
もしそれが嫌だってことで、腫瘍を全部取ってくれっていうのであれば、物理的に全部摘出することは技術的には可能です。
でもそれじゃ、全然、身体は……
動かせなくなるし、全然喋れなくなるでしょうね。
なので、最終的には患者さんの価値観にお任せとなります。
ですが、いまだかつて「全く喋れなくなってもいいから、腫瘍を全部取ってくれ。」って言った人はいませんでしたね。今の時代では……。
なぜかと言うと、さっきも言いましたけど、抗がん剤というオプションの治療法があるんです。だから、手術で無理することはありません。
腫瘍を残しても、その腫瘍を叩く抗がん剤や放射線治療がありますから。
細野医師はそこまで説明すると、実際に行った覚醒下手術のビデオをモニターに映し出し、私たちに観せるのであった。