ただ……
と言うと、細野医師は食い入り気味に質問をしようとする私たちをなだめてきた。
今はまだ術後1時間ですからね。
追加のリハビリが必要かどうかはまだ判別できませんし、ましては次の手術なんて相当先になります。
むしろ、今日の夜から明日の朝にかけて血管系のトラブルが起きないかの方が、今は重要です。
血管系のトラブルって、何だったか覚えていますか?
私やご両親が質問したり、気にしたりしていることが、中長期的な話であると指摘し、短期的には術後の今夜を乗り越えることがまずは先決だと、細野医師は言ってきた。
そして、術後に起こり得るリスクは何があったか覚えているか、と医学生に質問するかのように訊いてきたのだった。
脳出血……とかですか?
そうです。
脳出血や脳梗塞と言った血管系のトラブルが起きないか、がまずは先決です。
もちろん、そういったことが起きないよう集中的なケアができるように、そういったことが起きても迅速にケアが出来るように、集中治療室にいるわけですが、起きないに越したことはありません。
でも、9割の患者さんは起こしませんが、1割の患者さんでは起こるのも事実です。
確かに、もしも脳出血や脳梗塞を起こしてしまえば、それらが与える脳へのダメージにより、今よりもっと脳機能は低下し、言葉が喋れなくなったり、右手足が動かせなくなったり、他の症状が出たりしてしまうだろう。
そうなれば、リハビリがどうだとか、次の手術がどうだとかは全部吹っ飛んでしまう。
今夜から明日の朝にかけて血管系のトラブルが起きなければ、明日もともと入院していた病棟に戻って頂きます。
そして、明後日MRIを撮ることになります。
↑が細野医師が書いてくれた図
もしもトラブルがあれば、それは連絡頂けるんでしょうか?
その場合は連絡をします。
トラブルがなければ……
その場合は特に連絡はしません。
連絡がなければそういったことがなかったと思って下さい。
ということだったので、
来るな! 連絡!!
来るんじゃねぇ!!!
という心境になる私であった。
えーっと。
時系列が色々ごっちゃになってしまいましたが、今回のことをもう一度おさらいするとですね。
まず、手術そのものは予定通り行えたと言えます。
5時間ちょっとで、輸血もしていない。
それから、手術の目的は2つありましたね。
1つは、病理診断をするために組織を摘出してくること。
もう1つは、今よりも症状を悪くしない範囲の中で腫瘍の量を最大限減らすこと。
その2つの目的は充分達成できていると、思います。
……はい。
手術が終わって1時間ちょっとですけれど、右手足だったり言葉だったりは手術前よりも少し悪いところはありますけども、もう数日様子を見て見ないとわからない、と。
明日以降リハビリも始まりますからね。
そのリハビリを1週間くらいやって、「やっぱり1~2か月の追加のリハビリが必要。」となれば、その後リハビリ専門の病院にご紹介、という流れになります。
で、そうこうしている間に、病理診断の結果も出てきますから、そうすると今後の治療の方向性も定まってくる、と。
薬を飲むのか、放射線治療をするのか、あるいはその両方をするのか。
……ということが、2~3週間後にはわかります。
その後、細野医師はしめくくりとして、
これまでの内容で何か質問とか、聞いておきたいこととかはありますか?
と授業を終える教師のように訊いてきた。
私とアラ父母は目配せをして、
いえ、特にないです。
と、私が代表して答え、その日の病院での時間は終わりを迎えるのであった。
とりあえず手術は無事に終わった。
手術中に大きなけいれん発作があったが、結果的にそれは手術全体や結果には大きな影響を与えなかった。
腫瘍は半分前後しか摘出できなかったが、それでもそれが最大限だったので手術の目的は最大限果たした。
とりあえず、今現状の一番の問題は脳出血や脳梗塞を起こさないことにつきる、と何度か念を押された。
私たちはドキドキする夜を過ごすことになったが、結果としては病院から不吉な連絡は来ることがなかったのだった。
↑術後の面談で細野医師が書いてくれた図の全容